【定住促進】横手市のなりたち

ページID1003698  更新日 2021年11月15日

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このページでは横手市が誕生してからの主なでき事と、横手市を構成する8地域のなりたちなどを紹介しています。

横手市

絵:後三年合戦_雁行の乱れ

写真:新_横手駅

合併10周年YOKOTE I believe

2005年 (平成17年)

  • 10月1日、横手市は、旧横手市平鹿郡の8市町村(横手市、増田町、平鹿町、雄物川町、大森町、十文字町、山内村、大雄村)が合併して一つになり、人口約10万人、面積693.04km2の秋田県第二の都市として誕生しました。

2007年 (平成19年)

  • 4月、横手市の中核病院である平鹿総合病院が、横手駅前から前郷八ツ口へ移転し、病床数586床の新病院を開院しました。
  • 9月、国道13号線沿いに”道の駅十文字(愛称:まめでらが~)”がオープンしました。
  • 9月・10月、秋田わか杉国体および秋田わか杉大会が開催され、横手市ではホッケー、ボウリング、軟式野球、バレーボール、バウンドテニス競技が行われました。

2009年 (平成21年)

  • 4月、新大森小学校が開校しました。(大森・白山・川西小学校が統合、大森・白山・川西小学校は3月までに閉校となりました。)
  • 9月19日、20日、ご当地グルメの祭典”第4回B-1グランプリ”が開催され、参加26団体の中から、「横手やきそば」が見事ゴールドグランプリを受賞しました!期間中の来場者は26万7,000人を数えました。

2010年 (平成22年)

  • 2月22日、後三年合戦の関連史跡である大鳥井山遺跡が国指定史跡に指定されました。
  • 4月、新十文字中学校が開校しました。(十文字・十文字西中学校が統合、十文字西中学校は3月に閉校となりました。)
  • 7月、国土交通省の川の通信簿にて、雄物川河川公園が最高評価である5つ星の評価を受けました。調査箇所は全国665箇所で、5つ星の評価を得たのは5箇所だけでした。
  • 10月2日、市制施行5周年記念式典において、市の花・鳥・木と市民歌が公表されました。

2011年 (平成23年)

  • 1月~3月、年明け以降の降雪が続き、最大積雪深192センチを記録しました。積雪量などは48豪雪に及ばなかったものの、死傷者や家屋等の倒壊などの被害が多数発生しました。また、果樹の枝折れやビニールハウスの倒壊などの農業被害も甚大でした。
  • 3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生し、横手市では震度5弱の揺れが観測されました。幸いにも目立った直接的な被害はありませんでしたが、震災直後から停電が発生し、長いところでは31時間以上におよび、ライフラインが混乱に陥りました。
  • 4月1日、横手駅前に市民交流の拠点となる、「横手市交流センター(愛称:Y2(わいわい)ぷらざ)」がオープンしました。
  • 10月1日、横手駅が新しく生まれ変わり、東西自由通路により東西両側からの駅の利用が可能となりました。

2012年 (平成24年)

  • 4月、雄物川・大森・大雄中学校が統合し、「横手明峰中学校」が開校しました。生徒数は514人で市内2番目の規模の中学校になりました。
  • 4月3日夜半から4日昼過ぎにかけ、市内では台風並みに発達した低気圧の影響により、全域で雪を伴う暴風となりました。市消防署の風速計は最大瞬間風速36.7mを計測し、屋根のトタンが飛ばされたり、農業用ビニールハウスが全壊するなど、各地域で大きな被害が発生しました。
    大森地域では電柱が真っ二つに折れるなどしたため、市内でも約13,000戸が停電し、広い範囲で断水が続くなど、市民生活に大きな影響を及ぼしました。
  • 7月5日から6日にかけて気圧の谷の接近により降り続いた雨の影響で、市内の河川や水路が増水し、平鹿・雄物川地域を中心に家屋が浸水、道路や農地が冠水するなどの大きな被害が出ました。
    この雨は、24時間雨量としては7月の観測史上最大となる107.5ミリを記録し(秋田地方気象台横手観測所の観測値)、住家の床上浸水3棟、同床下浸水65棟、非住家の浸水86棟に上る大きな被害が確認されました。また、農作物の冠水被害も690haを超えるなど、収穫を待つ農家にとって大きな痛手となりました。

2013年 (平成25年)

  • 3月24日、横手市役所山内地域局、山内公民館、消防署山内分署の三つの機能を併せ持つ新庁舎が開所されました。
  • 4月、鳳中学校、横手西中学校、金沢中学校の3校が統合し、横手北中学校が開校しました。
  • 4月20日、スポーツをキーワードに元気なまちづくりと地域の活性化などスポーツの振興を市民と一体になって推進することを目的に「スポーツ立市よこて」を宣言しました。
  • 12月27日、増田の町並みが国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

2014年 (平成26年)

  • 10月3日、皇太子殿下(当時)が増田地域をご訪問され、平成25年12月27日に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された横手市増田伝統的建造物群保存地区内の中七日町通りで町並みや内蔵などをご覧になられました。

2015年 (平成27年)

  • 4月、雄物川北小学校、南小学校、福地小学校の3校が統合し、雄物川小学校が開校しました。
  • 4月、田根森小学校、阿気小学校の2校が統合し、大雄小学校が開校しました。
  • 6月13日・14日、横手市合併10周年記念イベント「YOKOTE I believe」が開催され、来場者は2日間で延べ12万2千人となりました。

2016年 (平成28年)

  • 4月1日よりクリーンプラザよこてが本格稼働となりました。
  • 4月、境町小学校、黒川小学校、金沢小学校の3校が統合し、横手北小学校が開校しました。
  • 9月3日・4日、グリーンスタジアムよこてを会場に高橋優さん(山内出身)主催の野外音楽フェス「秋田CARAVAN MUSIC FES」が初開催されました。

2017年 (平成29年)

  • 7月22日夕方より大雨となり、横手市では1時間の降水量が68.5mmと観測史上最大の降雨を記録し、大森地区、横手地区を中心に多くの浸水、冠水被害が発生しました。
  • 11月1日、横手市役所平鹿地域局・平鹿図書館・消防署平鹿分署の三つの機能を併せ持つ新庁舎が開所されました。

2018年 (平成30年)

  • 4月1日、山内中学校が横手南中学校へ編入統合しました。

2019年 (平成31年・令和元年)

  • 3月22日、消防署の増田分署と十文字分署が統合し、新たに南分署が開所しました。
  • 5月1日、増田まんが美術館がリニューアルオープンしました。
  • 8月4日、横手北スマートインターチェンジが開通しました。

2020年 (令和2年)

  • 3月17日、消防署の雄物川分署と大森大雄分署が統合し、新たに西分署が開所しました。
  • 10月30日~11月3日、コロナ禍における県内初の大型イベントとして「第143回秋田県種苗交換会」を開催しました。感染症対策を徹底しながら、コロナ禍における新たなイベントの在り方を模索した、意義のある大会となりました。
  • 11月2日、新しい雄物川庁舎および十文字庁舎の開所式が行われました。

2021年 (令和3年)

  • 1月11日、アメダスによる昭和54年以降の観測史上最大となる積雪193 cmを記録しました。12月中旬から続いた大雪により被害が相次ぐ中、災害救助法が適用され、1月6日~1月10日には災害派遣の陸上自衛隊が市内各地区で除雪活動を行いました。
  • 2月5日、積雪が203cmとなり、さらに記録を更新しました。

横手地域(旧横手市)

写真:横手のかまくら

写真:送り盆まつり・舟ぶつけ

写真:ぼんでん

1951年 (昭和26年)

横手地区・旭地区・栄地区が合併し旧横手市が誕生しました。

1955年(昭和30年)

旧横手市に黒川地区・境町地区が合併し、翌56年には金沢地区が合併しました。
なお、58年、金沢地区の一部が旧仙南村に分市、また59年には旧山内村より大沢地区の一部が編入合併しました。

1959年(昭和34年)

この年から、旧横手市・旧平鹿町が合併に向けた協議を開始いたしましたが、2年後の61年、将来の横手平鹿大同合併に期待しながら当面は合併しないこととなりました。現在の新市の姿は、このころから芽吹き始めていました。

1965年(昭和40年)

自衛隊出動に及んだ豪雪、明治27年以来の大洪水に見舞われるなど、自然災害に翻弄された年となりました。

1974年(昭和49年)

現在までの最大積雪深259センチを記録する豪雪に見舞われました。
(48豪雪:ヨンパチごうせつ)

1976年(昭和51年)

48豪雪の経験を生かし、旧横手市内に全国で初めて流雪溝が完成いたしました。

1991年(平成3年)

秋田自動車道(横手-秋田南間)が開通しました。

1994年(平成6年)

 秋田ふるさと村がオープンしました。

1995年 (平成7年)

秋田自動車道(湯田-横手間)開通しました。

1997年(平成9年)

湯沢横手道路および秋田自動車道(北上西-湯田間)開通しました。これにより、秋田自動車道は全線開通(1回目)し、東北自動車道とも接続されました。

増田地域(旧増田町)

写真:内蔵・日の丸酒造

写真:たらいこぎ(真人公園)

写真:増田の朝市

1955年(昭和30年)

増田町と西成瀬村が合併し増田町が誕生しました。

1957年(昭和32年)

旧駒形村の一部の戸波・羽場地区が増田町に編入いたしました。

1961年(昭和36年)

中町・七日町で交互に開設されていた朝市が、市場通の完成に伴い移転いたしました。

1971年(昭和46年)

増田・西成瀬・上畑の3中学校を統合し、新生増田中学校として発足いたしました。

1990年(平成2年)

全国さくら百選に真人公園が認定されました。

平鹿地域(旧平鹿町)

写真:浅舞公園・あやめの花

写真:気球フェスタ

写真:沼入りぼんでん

1956年 (昭和31年)

浅舞町と吉田村が合併して「平鹿町」が誕生しました。

1958年(昭和33年)

浅舞放送局が華やかに開局しました(対象76,000世帯)。

1971年(昭和46年)

さようなら横荘線(惜しまれつつ半世紀の歴史に終止符《大正7年~昭和46年》)

1974年(昭和49年)

1月24日、豪雪対策本部が設置され、町民総出で対処にあたりましたが、1月30日には山形県仁町駐屯地から自衛隊員47名が派遣される大雪となりました。1日当たり最大降雪が70cmという自然の猛威に、最大積雪量が247cmに達しました。農業施設や果樹に大打撃を受け出稼ぎ労働者の8割が戻って枝の雪堀りにあたりました(48豪雪)。

1978年(昭和53年)

秋田県果樹試験場(醍醐)で秋田県の代表的なリンゴ「千秋」を発表しました。

1994年(平成6年)

秋田県立平成高等学校が開校しました(秋田県立平鹿高等学校閉校、33年の歴史は永遠に!)。

1997年(平成9年)

4月、平鹿町立平鹿中学校が誕生しました(3月、浅舞・吉田・醍醐中学校で最後の卒業式)。

雄物川地域(旧雄物川町)

写真:スイカ

写真:河川公園

写真:木戸五郎兵衛村

1955年 (昭和30年)

沼館町・里見村・福地村・明治村の一部(大沢)が合併し雄物川町が誕生しました。その後、館合村の一部(薄井、宮田の一部)が雄物川町に合併いたしました。

1957年(昭和32年)

十文字町谷地地区(桑木・沼田)が雄物川町に合併し、樽見内地区が平鹿町に分町しました。

1960年(昭和35年)

沼館・福地・里見・大沢・館合の5中学校が統合し雄物川中学校となりました。(実質統合は昭和39年)

1974年(昭和49年)

1月31日、役場観測所で積雪281センチを記録する豪雪となり、甚大な被害が広がりました(48豪雪)。

1991年(平成3年)

台風19号により、りんご等に大きな被害をうけました。

1994年(平成6年)

「民家苑木戸五郎兵衛村」がオープンしました。

1997年 (平成9年)

「川がつなぐひと・まち・こころ」をメーンテーマに第6回全国川サミットin雄物川が雄物川町を主会場に全国から21自治体が参加して行なわれました。

2000年(平成12年)

平成5年から事業を着手してきた雄物川河川公園が完成しました。約20ヘクタールにも及ぶ河川敷に緑地広場や水辺空間が整備されています。

大森地域(旧大森町)

写真:大森公園・芝桜

写真:霜月神楽

写真:大森ワイン

1956年 (昭和31年)

前年4月の旧大森町、八沢木村の合併に加え、1月25日川西村が合併し、新大森町が誕生しました。

1959年(昭和34年)

当時としては、最新の設備を誇ったベット数50床の町立大森病院が完成し、診療を開始しました。

1968年(昭和43年)

大森・八沢木・坂部・川西地区にあった4中学校を統合、2年後完成した新校舎で初の卒業式が行われました。

1974年(昭和49年)

昭和48年暮れから降った大雪は、明治25年以来の豪雪と言われ最大積雪は2.6mまで達しました。鉄道も不通となり、山形・新庄から歩いたという出稼ぎ労働者もおりました(48豪雪)。

1975年(昭和50年)

8月に282mmという驚異的な集中豪雨により雄物川・大上橋が沈下、また、180戸が床上浸水するなど大災害となりました。

1989年(平成元年)

  • 「心豊かに、楽しく、充実した人生を」をテーマに全国高齢者福祉シンポジウムが開催され、全国からたくさんの参加者や関係者が町を訪れました。
  • アラビア石油創設者の山下太郎先生・生誕百周年記念式典を開催、また、財団法人山下太郎顕彰育英会が設立されました。

1998年(平成10年)

地域包括ケアシステムの拠点「健康の丘おおもり」が完成、新大森病院、老健おおもり、高齢者等保健福祉施設センターがオープンしました。

十文字地域(旧十文字町)

写真:白鳥

写真:さくらんぼ

写真:十文字のラーメン

1955年 (昭和30年)

十文字町・植田村・睦合村が合併し、町名を十文字町としました。

1964年(昭和39年)

植田中学校・睦合中学校が統合し、十文字西中学校が誕生しました。

1971年(昭和46年)

十文字町総合文化センターが開設し、地域イベントのシンボル的な施設となっています。

1973年(昭和48年)

第1回さくらんぼ祭りを開催しました。現在も続いている十文字地域の代表的なイベントです。

1974年(昭和49年)

いわゆる48豪雪です。自衛隊の出動、その雪の多かったことなどは、今も語り草となっています。

1976年(昭和51年)

白鳥が初めて皆瀬川の志摩地区に飛来しました。以来白鳥は、地域のシンボルとなっています。

1984年(昭和59年)

ナイター設備のある十文字野球場が開設しました。当時は今以上に地域の野球熱が高く、多くの人から歓迎されました。

1991年(平成3年)

年末から翌92年にかけ、第1回十文字映画祭が華やかに開催されました。「遠雷」の主役である俳優の永島敏行さんも町を訪れ、映画祭を大いに盛り上げていただきました。

994年(平成6年)

湯沢横手道路十文字インターチェンジが開通しました。高速交通体系への連結が実現し、交通新時代に入りました。

山内地域(旧山内村)

写真:山内・いものこ汁

写真:いぶりがっこ

写真:筏の大杉

1961年 (昭和36年)

相野々ダム完成。土堰堤ダムとしては当時日本最高を誇っていました。現在は、周辺に公園やキャンプ場が整備され景勝地となっています。

1963年(昭和38年)

新山内村役場庁舎完成。旧庁舎の老朽化により建築。同年5月より着工し、11月には新庁舎での執務が開始されました。

1968年(昭和43年)

相野々温泉鶴ケ池荘開業。湯温55度、毎分80リットルの源泉が使用されました。

1974年(昭和49年)

1月25日から1月27日までの降雪量は260cm、相野々周辺の積雪量は350cmとなりました(48豪雪)。

2000年(平成12年)

4月、国道107号線沿いに”道の駅さんない”がオープンしました。

大雄地域(旧大雄村)

写真:ホップ(ビールの原料)

写真:トマト・シシリアンルージュ

写真:たいゆう緑花園

1955年 (昭和30年)

田根森村、阿気村が合併して大雄村が発足しました。また10月には宮田地区(館合村)が、その後、野中(57年)、鍛治村(59年)も大雄村に編入しました。

1963年(昭和38年)

秋田県初のセンター方式による学校給食を開始しました。また、翌年には保育園でも給食が開始されました。

1968年(昭和43年)

宮田農事研究会が集団による稲作栽培活動の実績が評価され、天皇杯を受賞いたしました。

1971年(昭和46年)

ビールの原料として欠かせない、ホップの栽培が始まりました。平成23年現在では、生産量4年連続日本一を誇っていますが、最初は苦労の連続でした。

1979年(昭和54年)

障がい者支援施設大和更生園が開所されました。

1992年(平成4年)

温泉宿泊施設”ゆとりおん大雄”がオープンしました。

1993年 (平成5年)

4月、交通死亡事故ゼロ3,500日を達成しました。

1997年(平成9年)

障がい者支援施設ユー・ホップハウスが開所されました。

1999年(平成11年)

休耕田の有効活用を図り住民の憩いの場とするため、たいゆう緑花園を開設しました。初夏から秋にかけ色とりどりの花を楽しむことができます。

2000年 (平成12年)

田村小学校が125年の歴史に幕を下ろしました。 校舎は、たいゆう保育園として生まれ変わり、子どもたちの元気な声が響いています。

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