【定住促進】横手うまれのこんなもの

ページID1003699  更新日 2021年9月28日

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このページでは横手で生まれた食品や工芸品などのうち、全国的にはあまり知られていないと思われるものを紹介します。

中山人形

写真:中山人形
中山人形・十二支土鈴(どれい)

横手市の樋渡家に伝承される中山人形(なかやまにんぎょう)は、明治初期に平鹿町中山で作られ始めた土人形です。雛人形やかまくら・ぼんでんなどの郷土の伝統芸能を表現した人形のほか、干支にちなんだ十二支土鈴(どれい)は、鮮やかな色彩と素朴な音色で特に人気があります。

浅舞絞り

写真:浅舞絞り
地織木綿・草藍染め(江戸末期の作)

浅舞絞りとは、江戸後期、平鹿浅舞地域で発達した絞り染めの技法です。浅舞絞りの模様は200種類以上といわれ、図柄の優れたものは高級品として扱われました。有名な「西馬音内盆踊り」の藍染め衣装の「踊り浴衣」にも、この技法が見られます。
現在、昭和57年に結成された正藍(しょうあい)浅舞絞り保存会が、絞り技術の伝承と研究・保存などの活動を行っています。
写真の浅舞絞りの作品は、地織木綿、草藍染めの男着物で江戸末期の作。浅舞で最初に絞り染めを始めたといわれる「寺田伝四郎」の伯父、寺田喜次郎が下絵を書き、その娘お代が1週間かけてくくり、半日かけて染め上げたものと伝えられています。

納豆

写真:石碑
納豆発祥の地の石碑

納豆の由来には諸説ありますが、横手市が発祥の地であるという伝説が残っています。その伝説を金沢公園内に石碑として残しています。

以下石碑の内容

「由来/金沢の柵を含む横手盆地一帯を戦場とした、後三年の役※(1083-1087)は、八幡太郎源義家と清原家衡・武衡との戦いで、歴史に残る壮絶なものであった。この戦いの折り、農民に煮豆を俵に詰めて供出させた所、数日をへて、香を放ち、糸を引くようになった。これに驚き食べてみたところ、意外においしかったので食用とした。農民もこれを知り、自らも作り後世に伝えたという」

※現在は教科書でも「後三年合戦」と記載しています。詳しくは関連情報「後三年合戦」ページをご覧ください。

写真:沼館八幡神社の鳥居
沼館八幡神社

また、金沢の柵とともに、後三年合戦の舞台となった沼柵の推定地近くに建立された“沼館八幡神社”にも納豆発祥の言い伝えが残っており、別名“納豆八幡”と云われています。現在でも旧暦8月14日の八幡神社宵宮では社前において納豆が売られています。

すいか糖

写真:すいか糖
雄物川地域のすいか糖

完熟すいかの果汁だけを贅沢に煮詰めて作ったすいか糖は、深くまろやかな自然の甘味として、昔から愛されてきました。
保存料・着色料・糖類などは、一切使用していません。

発酵文化

写真:稲穂
米麹の原料:お米

横手は昔から糀(こうじ)文化が盛んで、こうじ漬けなどの漬物をはじめ味噌・醤油の醸造や甘酒など糀を活かした産業が発達し、昭和32年には114軒の糀製造所があったといわれています。
こうした地域の伝統・文化・技術である「発酵」を現在に伝え、発酵をキーワードにしたまちづくりを行っているのが「よこて発酵文化研究所」です。

詳しくは関連情報「よこて発酵のまち」ページをご覧ください。

このページに関するお問い合わせ

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