金沢柵

ページID1003578  更新日 2026年8月24日

印刷大きな文字で印刷

金沢柵と出羽金沢城跡

写真:横手市指定文化財「戎谷南山筆『後三年合戦絵詞』」

金沢地区に所在する出羽金沢城跡は、後三年合戦の最終決戦地である金沢柵の有力な推定地です。
出羽金沢城跡は、本丸地区、二の丸地区、西の丸地区、北の丸地区という複数の郭(くるわ)が並立する群郭式の城郭です。上空からみると孔雀が羽を広げた姿に似ていることから別名「孔城(こうじょう)」とも呼ばれます。横手市教育委員会が継続的に実施してきた発掘調査の結果、室町・戦国時代の遺構・遺物が多数見つかり、中世の城郭として利用されたことがわかりました。発掘調査では、金沢柵と断定できる材料を発見するには至りませんでしたが、城内からは、平安時代前期の須恵器甕の破片や、平安時代末の陶磁器などが出土しており、後三年合戦の前後の時代に出羽金沢城跡が利用されていたことがわかっています。

陣館遺跡と出羽金沢城跡

イラスト:大正13年に戎谷南山が描いた金沢柵鳥瞰図 城跡が孔雀の形に似ていることから孔城とも呼ばれている

陣館遺跡は、通称「陣館(じんだて)」と呼ばれる独立した小丘陵にあり、出羽金沢城跡の羽州街道を挟んだ西側に向かい合うように立地しています。
発掘調査の結果、平安時代の清原氏の館に見られる段状の地形や、宗教施設とみられる四面廂付掘立柱建物跡、街道から建物跡へ至る道路跡などが発見され、貴重品とされた内耳鉄鍋や短刀など、後三年合戦と同時代の11世紀代の遺物も出土しました。以上の調査成果や立地から、陣館遺跡は清原氏の宗教施設として利用された空間と考えられています。

このページに関するお問い合わせ

教育委員会教育総務部伝統文化課文化遺産係
〒013-8601 秋田県横手市条里一丁目1番64号(条里南庁舎)
電話:0182-32-2403 ファクス:0182-32-4034
お問い合わせフォームは専用フォームをご利用ください。