大鳥井山遺跡

ページ番号1003577  更新日 2021年9月28日

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清原氏の本拠地として確実視

写真:横手市の発掘調査により二重の土塁と空堀が確認され、防御性の高い構造となっていることが判明した

大鳥井山柵跡は、市役所本庁舎から北東約2キロメートルの横手市大鳥町にあり、小吉山、大鳥井山、台処館と称される三つの丘陵の上にあります。
この遺跡は「陸奥話記」により、清原氏の一族大鳥太郎頼遠の本拠地と考えられ、安倍氏の鳥海柵とともに確実性が高い城柵のひとつです。
昭和52年から7年にわたる発掘調査が行われ、小吉山東部(標高約75m)での調査により、土塁・空堀が二重に巡る防御性の極めて高い城柵であることが明らかになっています。土塁・空堀の内側、すなわち居住域の外縁には柵列も作られています。また、柵に沿って物見櫓と考えられる建物も存在し、外側の堀には土橋が架かる場所も検出されました。これらの施設で区画された内部には掘立柱建物跡や、竪穴住居跡などが作られており、掘立柱建物跡は、1間×1間または1間×2間と比較的小規模です。竪穴住居跡にはカマドはありませんでした。

平泉の国史跡・柳之御所跡と類似点

写真:儀式や宴会で使われたと見られる椀や小皿などの須恵器(いわゆる「かわらけ」)

大鳥井柵の遺跡の特徴は、「後三年合戦絵詞」の金沢柵の様子からイメージできる当時の柵と大鳥井柵跡が類似しています。また、平泉の国史跡柳之御所跡(藤原氏の政庁跡と推定される遺跡)の空堀との類似性が指摘されており、藤原氏が清原氏の技術を引き継いでいる可能性があることも注目されます。
遺物は、椀と小皿のセットとなった「かわらけ」が300点近く出土しており、全国的にもこの時代のものがまとまって見つかった例はほとんどありません。その他に、中国製の白磁器・硯などが出土しています。硯はほぼ完全な形で出土しており、柳之御所跡でも同様のものが発見されています。その精巧な作りから、藤原氏の存在も見え隠れします。

金沢柵や沼柵の解明のカギとなる遺跡

写真:平泉の国史跡柳之御所跡から出土したものと瓜二つの中国製と見られる石硯

遺跡の時期は10世紀後半から12世紀代とやや幅がありますが、この間断絶することなく遺物を確認できることから、200年近く継続して使用されていた柵ということがわかります。大鳥井柵跡は、文献と考古資料の整合性のある遺跡であり、その解明が、金沢柵と沼柵にもつながるものと期待しています。
その歴史的価値が認められ、平成22年2月22日に国指定史跡に指定されています。

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