増田の内蔵
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伝統的建造物群

伝統的建造物群

 増田地区における商業活動の中心地であったのが現在の中町、七日町商店街通りになります。『中七日町通り』と呼ばれるこの通りは、満福寺と月山神社参道、さらに通覚寺といった地域の要所を結ぶ街道上に立地しています。


戦前の建物が多く残る中七日町通り

戦前の建物が多く残る中七日町通り

主屋の特徴

 この通りの地割は、間口が5間から7間(9-12.6m)と狭小な反面、奥行きは50間から100間(90-180m)ほどあり、極端な短冊形となっています。

 この敷地の中に奥行25間(45m)ほどの主屋が建てられており、こうした特性を反映してか、大半の主屋は切妻造・妻入の形式となっています。主屋の正面は上部に梁組を見せ、下屋庇を備えるのが一般的です。梁首(はりくび)や鳥衾(とりぶすま)と呼ばれる意匠も豊富に取り入れられ、近代職人技術のすいを垣間見ることが出来ます。

主屋の形式

 

中七日町通り

中七日町通り

中七日町通りの主屋の奥行

中七日町通りの主屋の奥行

主屋の形式
主屋の形式

内蔵の特徴

 主屋の背後に土蔵を建て、これを鞘(サヤ)となる上屋建物で覆い、主屋に接続させています。この土蔵は、増田においては「内蔵(ウチグラ)」と呼ばれ、外からはその存在すらも知りうることができない建物であり、雪国独特の特徴を持っています。

◎主な材質
スギ・クリ・ヒバなど

◎平均的な規模
間口3.5間(6.3m)×奥行5間(9.0m)

 また、敷地後方には資材を収納するための「外蔵(トグラ)」と呼ばれる土蔵が建てられている例が多くなっています。

内蔵の立地イメージ
内蔵の立地イメージ

内蔵(旧石平金物店)
内蔵(旧石平金物店)

土蔵の数

 増田地区でこれまで確認されている土蔵の数は次のとおりです。
内蔵 48棟 
全てが戦前以前の建築で、明治時代前期~中期(明治1-29年)までと大正時代(大正1-15年)に多く建てられていることが分かっています。
外蔵 56棟
棟札等がないものが多く、建築年代を類推できないものが多くなっていますが、概ね戦前の建築になります。

まちなみの保存と活用

 明治前期から戦前にかけて建てられた短冊形の主屋が軒を連ねる景観は、当時の情景を現在に留めており、主屋・内蔵・外蔵を「トオリ」と呼ばれる土間で結ぶ商家町屋の特徴はこの地方独特のものとなっています。
 横手市では平成25年7月1日、この地区約10.6haを横手市増田伝統的建造物群保存地区に指定し、同12月27日、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたことを契機に、今後もこうしたまちなみ景観と建築様式などを維持しながら、後世へ継承していく取り組みを積極的に行っていきます。

大正初期の中七日町通り

昭和初期の中七日町通り